大きな川、風船、そしてこどもたち.4
川を渡るのに大きな荷物は持ってはいけない。
最年長の男の子だけに必要最小限の食糧と道具を持たせ、残りのこどもたちは身軽な状態で。
バルーンランドはお気に入りの可愛らしい衣装を切り刻み、泳ぎの邪魔にならないようにと。
ただの布切れになったヒラヒラをその辺に投げ捨てた。
まずは一人目。二番目に大きな子を。
いつもバルーンランドにツンケンした様子であった彼も、今回はさすがに恐怖心からか、身体が震えていた。
そっと抱きしめて頭を撫でる。まずは手をつなぎながら共に川に入り、こどものための風船を生み出す。
同時に自分の風船も作り上げ、共に浮上することに成功した。
バルーンランドは少し下の位置を維持し、紐を引いて向こう岸へと導いて――着いた。
そして二人目。いちばん小さな女の子を。
バルーンランドに懐いていて、いつもべったりだった愛らしい子。
まだ幼いゆえか、よくわかっていなさそうな顔。
その方が恐怖心を感じずにいられるだろうか、そうだったらいいと願いながら。
そっと優しく抱え上げ、水面になるべく浸さないように風船を生み出す。
そしてまた自分の分を。あとはさっきと同じように導き――着いた。
そして、三人目と四人目。
本当はバラバラがよかったのだけど、この子たちは双子で、離れるとどうしても不安でしょうがない、という話だった。
幸いにも、この子たちは小さな子たちだ。二人連なって、やっと一人のような。
横に長い、大きな風船に乗せられたなら、バランスを崩さないように、ゆっくり、丁寧に導き――着いた。
そして五人目。食べるのが大好きで、かなりふくよかな子。
夜中にパイをつまみ食いしていたから、共犯ということにして先生に一緒に怒られたりもした。
でも、逃亡生活に出てからは、一日一日分の自分の食糧だけで我慢できていたいい子だ。
この子には、自分よりも大きな風船を。何度か空気を継ぎ足して。
大きな風船みたいな身体も、しっかりと導いて――着いた。
そして六人目。
物静かな子で、バルーンランドにもあまり心を開いていないような、そんな雰囲気のある女の子だったが。
その子からぎゅっとバルーンランドに抱き着いて、一緒にがんばるからね、と小さく伝えてくれた。
優しく頭を撫でてから、手を取り合って一緒に川の中へ。
風船を作り、泳ぐ時も手は繋いだまま導いて――着いた。
そして七人目。荷物を持った、最年長で、しっかり者の男の子。
何か手伝うことはないかとバルーンランドに申し出た、真面目で、バルーンランドに似て勇敢な子だった。
大丈夫? と心配そうな顔でバルーンランドを覗き込む。
そこでやっと息が上がっていて、頭に酸素が巡ってないような感覚を自覚した。
ここまで息で疲弊するのは珍しいことだ。ゆえに自覚が遅れた。
それでもここで歩みを止める訳にはいかない。
向こう側には渡したこども達が待っていて、もう少しで楽園への道は開けるから。
二人で川へ入り、風船を作り、紐を引きながら導く。そこまではいつも通り。
あともう少し、もう少し。もう少しで渡り切れる――。
「あ、バル――」
刹那、パン、と爆ぜる音。
何度も何度も川を揺すられ、眠りを妨げられた残魂たちが目覚め、数を増し、明確にバルーンランドへと群がっていた。
バルーンランド自身、ぼやける視界と絶え絶えの息。残魂を見る特別な目もない。
残魂たちに邪魔をされて、安全なルートから外れていると気が付いた時には、既に取り返しのつかないことになっていた。
岩場に引っ掛かり、風船はあっけなく破裂して、邪魔者たちが最後のこどもを水底へと引きずり込む。
「ダメ――!!!!!」
バルーンランドの風船は水面に昇り、浮かび、そのままどこかへと流されていく。
水中に引きずり込まれた子供を追いかけるように、底へ、底へ、更に底へと泳ぎ進める。
何かを振り払うように身を捩り、もがき、こどもの身体をどうにか少しでも上へと押し上げて、再び水の中で風船を作る。
息を吐く。息を吐く。まだまだ息を吐く。深い水底から上がるには、多くの空気が必要だ。
大きな風船を作り上げた後、息が虚しく水泡となり浮かぶ。
空を撫でるように手が伸びて、浮かぶ風船を見上げ、バルーンランドは微笑んだ。
どうか、どうか、私の分まで生きて――
しばらくして、七人目のこどもは水面から顔を出し、大きな風船と共に対岸へ渡ることに成功した。
バルーンランドが水面に顔を出すことは、なかった。
こども達は夜が明けるまで、その川の前で彼女の姿が浮かび上がってくるのを待っていた。