急-しあわせのうた
眼鏡の女性
「…………ぐぅ……スランプだぁ……ッ!」
腕の下にある白紙の原稿用紙をズレた眼鏡がこつんと叩き、現実を突き付けてくる。
ラノ──小説家として生計を立てている私にとって、作品が書けないのは稼ぎが無いということに等しい。
つまり、己の作家人生は絶賛ピンチの真っ只中というわけだ。
小説家
「はぁあ……いいネタが空から降ってきたりしないかしら。
……何言ってんだって話よね、いい歳こいて……」
……何言ってんだって話よね、いい歳こいて……」
学生時代から物語の世界に魅了され、いつか自分も紡ぎ手になりたいと夢見て早十数年。
『言うは易く行うは難し』という
朝から執筆に取り掛かったというのに、窓越しに見える空はもう夕暮れに染まっている。
無為にした時間の虚しさから目を背けようと視線を彷徨わせれば、ふと窓際に置かれた鳥籠が目に入った。
誰も住んでいない空っぽのそれは、私が中学生の頃からずっとそこにある。
ひどい怪我をして、巣に戻れなくなってしまった野鳥をたまたま保護した際に購入したもの。
怪我の後遺症なのか、元気になってからも飛ぶことはできず、仕方なく飼育を続けることにした。
半年も経てばすっかり愛着が湧いて、病気で死んでしまった時は辛すぎて学校を休んだ。
共に過ごした思い出を忘れないようにと、定期的に手入れをしつつ鳥籠をそのままにしている。
小説家
「……珈琲 でも淹れるとしましょうか」
湯煎で温めたドリッパーにフィルターをセットし、粉末状のコーヒー豆を入れてドリップポットで湯を注ぐ。
初めは少量の湯で粉の中に溜まったガスを追い出す。蒸らし、と呼ばれる工程だ。
蒸らしが済んだら、中心から円を描くように再び湯を注ぐ……これを数回。
しばらくの後、下部のサーバーに抽出された珈琲をカップに注げば出来上がり。
カップ片手に窓際へと向かい、鳥籠のそばに椅子を持ってきて、砂糖もミルクも混ぜないブラックのまま口にする。
目が覚めるような深い苦味の中に感じる、僅かな酸味。この味が子供の頃から好きだった。
こんな風に珈琲を飲みながら窓辺で読書していると、あの子も一緒になって読んでいる気がして……
つい読み聞かせのような事をしていたのも、今となっては良い思い出だ。
───ぴんぽーん
小説家
「…………うん?」
スマホを確認。今日は打ち合わせの予定も入れていないし、締め切りはもっと先。新着メッセージ、なし。
通販を頼んだ覚えもないので、つまるところ完全アポ無しの来客。
怪訝に思いながらも玄関へ向かい、恐る恐る扉を開くと──そこには、見知らぬ少女が立っていた。
小説家
「……えっと、どちら様かしら?」
少女
「…………!」
美しい空色の髪も
それが全く記憶に無いということは、この少女とは間違いなく初対面のはず……はず、なのに。
少女
「……遅くなってごめんなさい。
巣立ちをするのに15年もかかるなんて思わなかった……じゃなくて」
巣立ちをするのに15年もかかるなんて思わなかった……じゃなくて」
不思議と……ずっと昔から彼女の事を知っていたような、そんな気がしてくる。
少女
「ええと、こういう時は何と言えば……そうだ!
前に読んだ本によると確か、こう言うのがセオリーでしたね───」
前に読んだ本によると確か、こう言うのがセオリーでしたね───」
そして、じわりと目尻に涙をいっぱい滲ませながら……告げる。

小説家
「トゥイー 、ディア ……? あなた、ディアなの……?」
その名を名乗った少女は涙ながらに頷いて、さらに続ける。
トゥイーディア
「ずっと……ただ一言をお伝えしたくて、ここまで来ました。
やっと、やっと同じ言葉で伝えられます……"ありがとう"と……!」
やっと、やっと同じ言葉で伝えられます……"ありがとう"と……!」
小説家
「何よ、それ……っ。
貴女 、それだけの為に生まれ変わったとでも言うのかしら……?」
トゥイーディア
「はい……! 人間 として、再びこの世に生を受けることができました……!」
数々の疑問が浮かんでは消えていき、そんな事より今はただ、再会できたことが嬉しくて。
私達はどちらともなく抱き合って、大声を上げてわんわん泣いた。
十数年分の涙と共に、あの別れの日から止まっていた時が、再び流れ始めたような気がした。
それから、トゥイーディア……ディアは私の家で暮らすことになった。
生まれ育った家には進学を機に下宿をすると言って出てきたらしい。
やれやれ……私が受け入れなかったら、一体どうするつもりだったんだか。
ディアから人間に転生するまでの経緯を聞いて、かなり眉唾だったものの……
物書きの端くれとして、何より目の前に彼女という実例が存在する以上、疑うべくもない。
死後の世界で同じ境遇の者と出会い、親しくなったと嬉しそうに話してくれた。
元いた世界はバラバラでも、いつかの再会を夢見てそれぞれの道を選んでいったという。
私はそれを聞いて、とある提案を彼女にした。
彼女は驚きに目を見開いたあと、願ってもない事だと二つ返事で了承してくれた。
数年後、一冊の小説が世に出回ることとなる。
新鋭ライトノベル作家の新作は、幸せに生きた一羽の小鳥の物語。
かの有名な童話をモチーフにしたとして話題となった、その作品のタイトルは───
AfterEnd-epilogue 『しあわせの青い鳥トゥイーディア』 -fin-