アウトフォーカス:4

ENo.26.或る写真家 / 作成:2026/08/27 00:29 / 更新:2026/08/27 00:29
その写真屋は愛想がなかった。
愛想がないと言うより、効率的だった。
依頼は常に投書であるし。
鍵付きのコインロッカーに依頼品の写真は入れられていた。
茶封筒の中にしまわれている。
まるで札束みたいだな。
汚いお金のようだった。

写真は依頼の通りであることが大半だ。
しかし、中にはおまかせを頼むものもいた。
この写真家の『テーマ』を知るものは大半。
宇宙から来て眺める価値ありとして。
それを強請っていた。

切り取った一瞬の切れ端。
画面の中に映り込む、色と被写体のあり方の一瞬を味わう。
それを永遠と引き延ばすようにしながら。
綺麗な白いアルバムに貼り付ける。
私の大好きなスクラップ帳。
統一されたテーマは美しく。

一枚一枚は、洗練されていた。

自分のマグショットを撮っている。







「……」
「兄貴はさ、」

「うん?」

「きれーだと思う写真って何?」

「うーん」

「月並みだけど」

「光と命が混ざった写真かな」
「逆行の写真で、手の血管が透けてるのが見えたりだとか」
「生命の透明さを感じるやつがいい」

「それって一瞬の力強さだから」

「……」
「そっか」

「お前は?」

「………」
「まだわかんねーけど」
「兄貴の写真は、すげー好きだよ」

世辞言うなよって。
苦笑いと共に告げられた。
世辞じゃなかった。
兄の写真は同じテーマを打ち出した人よりも、キラキラとしていて優しい光を映し出していた。
レンズを別のものに変えているのか、現像の時に光が強く見えるよう調整をしているのか。
手の内を聞くことはなかった。
ただ、見るものとして。
その美しさを享受していた。

兄みたいになりたかった。
だって、そういう人だってあらわれみたいな写真をとる。
優しい光を集めて、地面に立って、自分のことを大切に思ってくれる、ちょっと頼りなくて抜けている、親愛なる人。
人からも愛されるようだったし、自分も、家族だと言うことを抜きにしてもこのましい好人物の像をしていた。
家族だから尚更だった。


「自分の美しいと思うものを追い求めなさい」
「今はまだ定まっていないだろうが」

「そうすれば、一生を幸福に過ごせる」

──父さんの言葉は間違ってなかったなあ。
兄は写真を撮ることを、写真屋であることを誇りに思っていた。
この街のことと、この街に課された仕事を愛していた。
適応した人間だと思った。
ああなりたかった。

──なれないって明確にわかってしまったのは。
自分もカメラを向け始めて。

枯れた落ち葉の一枚落ちるスナップショット。
偶然、撮ったあの時なのだろう。

哀愁。命の終わる時。

枯れ尾花は、耽美は、そこにあった。


──一瞬の音。






撮ったものたちを並べて思うが。
どうしたって外れものだった。
今はただ何も感じずないでいるが。
これを美しいものだと思った時、呪われてるんじゃないのかと思った。
個人の感性というものがあり、それは個人によるものであるが。
道徳や倫理観というものが積み重なるものであるのなら、ある一定の幅に収まるのが人間という生き物なのではないのか。
自分はその幅に収まらないというのか。
輝きを見つけ、掴んだものは澱んだ泥と露悪でしかないというのか。
少年の日の彼は現像したものを引っ掴んでゴミ箱に捨てようとした。
できずにいるから、今もシワのついたままここに残っているのだ。

これが俺の一生の幸福の形ですか。
一瞬切り取った人生の箇所がおかしくはありませんか。

なんで嫌な人間なんだろうと吐いた少年の日の彼がいた。