5日目/聖那浜美瀬、あるいは白波湊灯の回顧録
これは夢だ。夢であり、かつて生きていた青年の、記録だ。
19歳の誕生日。
本来なら家族が祝ってくれて、ケーキを食べたりなんかして、幸せな時間になるはずだった。
それが彼には、訪れなかった。
誕生日プレゼントは、想像を絶する痛みだった。
いたい。かためがみえない。からだがうごかない。おれは、どうなってる?
意識がはっきりしない中、彼の視界には鏡が映り込んでくる。
見えた自分は、まるで、自分じゃないような。
白く傷んだ髪に、珊瑚が刺さっていて。耳は魚のヒレみたいになってて。
なんとか手を動かして違和感のある腰に触れれば、何か、生えていて。
顔には痛々しい痣が、右目からは光が消えていて、何も見えなくて……
なあ、なんだよ、これ。これが、おれなのか?
とうさん、たすけてくれ、いたい。こわい。なにが、おこって……
霞む視界の端で、父親がにたりと笑っていた。
明らかな悪意の目。それを向けられて彼は寒気を感じた。
理解してしまった。この男は自分に違法な手術を施して、体をめちゃくちゃにしたのだ。
ああ、見た目こそ綺麗かもしれない。でも実情はあまりにも凄惨。
まともに歩けない体になってしまった。長く生きられるかもわからなくなった。
体中に一生消えない傷が残った。
いや、体だけじゃない。心に、確かなトラウマが植え付けられた。
惨めだ。こんなのは惨めだ……!
それから何週間か経ったある日。日差しがじりじりとアスファルトを焼く夏。
彼はふらふらとおぼつかない足取りで道を歩いていた。
まともに歩けなくなった今でも、父親は彼のことを使いっ走りにして酒や煙草を買わせていた。
行かないと酷い目に遭わされる。でも体が言うことを聞かない。
底知れない絶望の中で、気が狂いそうになっている心に鞭を打って生きていた。
このまま自分は死ぬまで父親の人形として生きるしかないのだと、
いや、死んでもなお苦しみは続くのではないかと、感じていた。
そんな中、道端の擦り切れた道祖神の石像が目に入った。
いつもは気にかけずに通り過ぎていたものだ。
しかしその日は何故か、視線が惹き付けられて……
……ああ、神頼みでもなんでもいいから、誰かに頼りたい。
最近はそんなことも、思うようになってしまったから。
もう限界、と言わんばかりに、無我夢中で叫んだ。
「俺は!!俺の名前はッ……!!聖那浜 美瀬!!19年間惨めに生き続けたただの人間だ!!」
「なんでもいい、ここにいるのが神だろうが悪魔だろうがなんでもいい!!」
「この後殺されたっていい!!だから!!だから俺の願いを聞いてくれ!!」
「俺はっ……!!ずっと、ずっとずっと!!母さんに会いたいと思ってた!!」
「俺のこと置いてったの恨んだりなんかしてない!!ずっと、会いたくて!!」
「だから、だから!!俺の今世の人生を全部捧げるから!!全部……!!」
「直接会えなくたって、俺の生きた証を伝えられるならなんだっていいから!!」
「俺を!!母さんに会わせてくれえええええぇぇぇッッッ!!!!!」
悲痛な願い。空が張り裂けそうな声。
彼は、「聖那浜 美瀬 」と名付けられた青年は、決死の思いで叫んだ。
めちゃくちゃなことをしているのはわかっている。
めちゃくちゃなことを言っているのはわかっている。
ただ、それでも自分の運命に少しでも抗いたくて。
「頼む……頼むから……会わせて……くれ……」
「そして……」
「俺の……家族に……なってくれ……」
呟きながら、うずくまる。激痛で立っていられなくなる。
その後は、まともな言葉すら発せなくなって。
「ぅ、あ……ぁ…………」
気を失った。
……どれだけ時間が経ったことだろうか。
彼は倒れた後、忽然と姿を消しそのまま帰ってくることはなかった。
彼の父親は妻を殺して埋めたとして逮捕され……未だ帰ってきてはいない。
彼が会いたがっていた母親は、山ではるか昔に死んでいたことが判明した。
そんなのは、遠い遠い過去のことである。
彼が願った神か悪魔か。その存在の気まぐれなのか、彼の願いが直接叶ったのか、
どちらかはわからない。確かめる存在がいないから。
しかし、母親には確かにその願いは届いたのだろう。
19年間と1週間の、生きた証を伝えるための記録媒体。
本人がそこに宿ることは許されなかったみたいだが、本人が言いたかったことを伝えてくれる。
それが、今ここにいる母親の腕につけられているのだ。
19歳の誕生日。
本来なら家族が祝ってくれて、ケーキを食べたりなんかして、幸せな時間になるはずだった。
それが彼には、訪れなかった。
誕生日プレゼントは、想像を絶する痛みだった。
いたい。かためがみえない。からだがうごかない。おれは、どうなってる?
意識がはっきりしない中、彼の視界には鏡が映り込んでくる。
見えた自分は、まるで、自分じゃないような。
白く傷んだ髪に、珊瑚が刺さっていて。耳は魚のヒレみたいになってて。
なんとか手を動かして違和感のある腰に触れれば、何か、生えていて。
顔には痛々しい痣が、右目からは光が消えていて、何も見えなくて……
なあ、なんだよ、これ。これが、おれなのか?
とうさん、たすけてくれ、いたい。こわい。なにが、おこって……
霞む視界の端で、父親がにたりと笑っていた。
明らかな悪意の目。それを向けられて彼は寒気を感じた。
理解してしまった。この男は自分に違法な手術を施して、体をめちゃくちゃにしたのだ。
ああ、見た目こそ綺麗かもしれない。でも実情はあまりにも凄惨。
まともに歩けない体になってしまった。長く生きられるかもわからなくなった。
体中に一生消えない傷が残った。
いや、体だけじゃない。心に、確かなトラウマが植え付けられた。
惨めだ。こんなのは惨めだ……!
それから何週間か経ったある日。日差しがじりじりとアスファルトを焼く夏。
彼はふらふらとおぼつかない足取りで道を歩いていた。
まともに歩けなくなった今でも、父親は彼のことを使いっ走りにして酒や煙草を買わせていた。
行かないと酷い目に遭わされる。でも体が言うことを聞かない。
底知れない絶望の中で、気が狂いそうになっている心に鞭を打って生きていた。
このまま自分は死ぬまで父親の人形として生きるしかないのだと、
いや、死んでもなお苦しみは続くのではないかと、感じていた。
そんな中、道端の擦り切れた道祖神の石像が目に入った。
いつもは気にかけずに通り過ぎていたものだ。
しかしその日は何故か、視線が惹き付けられて……
……ああ、神頼みでもなんでもいいから、誰かに頼りたい。
最近はそんなことも、思うようになってしまったから。
もう限界、と言わんばかりに、無我夢中で叫んだ。
「俺は!!俺の名前はッ……!!聖那浜 美瀬!!19年間惨めに生き続けたただの人間だ!!」
「なんでもいい、ここにいるのが神だろうが悪魔だろうがなんでもいい!!」
「この後殺されたっていい!!だから!!だから俺の願いを聞いてくれ!!」
「俺はっ……!!ずっと、ずっとずっと!!母さんに会いたいと思ってた!!」
「俺のこと置いてったの恨んだりなんかしてない!!ずっと、会いたくて!!」
「だから、だから!!俺の今世の人生を全部捧げるから!!全部……!!」
「直接会えなくたって、俺の生きた証を伝えられるならなんだっていいから!!」
「俺を!!母さんに会わせてくれえええええぇぇぇッッッ!!!!!」
悲痛な願い。空が張り裂けそうな声。
彼は、「
めちゃくちゃなことをしているのはわかっている。
めちゃくちゃなことを言っているのはわかっている。
ただ、それでも自分の運命に少しでも抗いたくて。
「頼む……頼むから……会わせて……くれ……」
「そして……」
「俺の……家族に……なってくれ……」
呟きながら、うずくまる。激痛で立っていられなくなる。
その後は、まともな言葉すら発せなくなって。
「ぅ、あ……ぁ…………」
気を失った。
……どれだけ時間が経ったことだろうか。
彼は倒れた後、忽然と姿を消しそのまま帰ってくることはなかった。
彼の父親は妻を殺して埋めたとして逮捕され……未だ帰ってきてはいない。
彼が会いたがっていた母親は、山ではるか昔に死んでいたことが判明した。
そんなのは、遠い遠い過去のことである。
彼が願った神か悪魔か。その存在の気まぐれなのか、彼の願いが直接叶ったのか、
どちらかはわからない。確かめる存在がいないから。
しかし、母親には確かにその願いは届いたのだろう。
19年間と1週間の、生きた証を伝えるための記録媒体。
本人がそこに宿ることは許されなかったみたいだが、本人が言いたかったことを伝えてくれる。
それが、今ここにいる母親の腕につけられているのだ。