おるゔぉわーる!

ENo.26.或る写真家 / 作成:2026/08/31 08:01 / 更新:2026/08/31 08:01
──フォトグラァフの街にて。

クレマティス・フォトグラァフは叔父であるエランティス・フォトグラァフの家を訪れていた。
家主が死亡すればそこは解体され更地にするのが決まりであるのだが。
彼が亡くなった時に、どうか残しておいてほしいと直談判を行なっている。
今のところポイントにも余裕があった。
上から家族の星の外の事故としてポイントがやっぱり入っている。
その上、叔父のポイントは自分の方に流れてきた。
あの人は貧乏性だったらしい。
趣味らしい趣味も見られなかったから、自然と貯蓄する形になっていたのだろう。
叔父の残した遺産は、叔父の家の維持のために消費されている。
まあ、余裕がなくなれば。普通に取り壊す気ではあるのだけども。

彼がいたという痕跡は、どうにも少ないものだった。

「………」

まず、訪れれば掃除をする。
何日間もほったらかし。
そりゃそうなんだけど、埃が溜まりがちだった。
平屋でそこまで大きな家でないから数時間もあれば終わる話だった。
ロッカーの掃除は大変だったけど。毎回思うことだった。
叔父が依頼のものを受け渡す時、そうしてロッカーを通して渡していた。
なんでそんな面倒なことをするのかはよくわからなかったが、まあそのようにあったので。
ピカピカに綺麗にした。
磨かれた家がそこにあった。
主人を失っても、なお。

それから、彼女はカメラを暗室へと持っていき、椅子に腰掛けた。
自分の家と同等くらいの、割と立派な設備が並んでいた。
カメラを撮った写真を暗闇の中。
フィルムから紙に焼き付ける。
ここは、写真屋にとってのアトリエだった。
撮ることだけが全てではない。
そのフィルムをどう焼き付けるか。
どう残すか。どうやるか。
確かに一枚の写真は作品だった。
……

記憶の思い起こしをしながら。

叔父さんは、それに没頭すると1日は出て来なかったな。
こっちで現像することもあったし、あっちの家を使うこともあった。
別に飯はちゃんと食うから良いだの言ってたし。
この手のタイプのくせ、ちゃんと食べてるんだから文句は言えない。
ちゃんと食卓を共にして。
別に何か会話があるわけでもなかったけど。
家にいる時に限っては、必ず一緒に食べていたと思う。
そういうところなんだと思った。
そういうところが、割と好きだった。
良い人だと思った。優しいと思った。
アルバムの写真に頬を擦り付けていた時もそう。
そんなことするな、とも、哀れみの言葉をかけることも、何もしなかった。
何もしなかったのが優しさだったのだと思う。
天涯孤独だと囁くくせ、誰も手を取ってくれなかった街の人と違って。
あなただけが自分の手を取ってくれた。
確かにあなたはおとーさんの弟だったからという義務があったのかもしれない。
上から命じられたことは逆らえないし。
家を開けがちなのは事実だった。

「…………」

でもできることはやってくれてたと思うんだよ。
受け取ってる私がそう思うんだから。
素直じゃない人。私に、孤独であるような呪いをかけた。
確かにその通りに生きていて、この生き方を曲げられる気は、今のところ、ない。
私はあなたに呪われた。
あなたの呪いを引き取って。

今のところ、撮りたいモチーフも見つからない。

「………」

「こんなところかな」

あなたに育てられたらしい。
あなたそっくりになったかもな、私は。









現像が終われば、片付けをして外に出る。
光を遮断する場所に篭っていたから、微かな光でも眩し、と目を細める他なかった。
ついでにお腹も鳴った。
生きてるって感じだった。

「…家戻ろーかな……」

流石にここに料理のための食材はない。
キッチンはあるのだけども、食材がなきゃどうしようもない。
そうしてあちこちの部屋を確認して、暗室の鍵を閉めたことを確認して。

かたん、と物の落ちる音が聞こえたから。

「……」
「曲者?!」

んなわけないにしても飛び上がった。
確認のため恐る恐るそのへやのほうにむかう。
叔父が寝室としていたところだった。

きい、と扉を開けてみる。
頭だけ覗かせて、右、左と確認してから、足を室内へと踏み出した。
まだギリギリ夕方の頃だ。とろりとした日差しが外から差し込むから、部屋の中は舞えるよう赤く照らされていた。
さっき整えたシーツ。
さっき掃除した床。
さっきまでなかった物。


「…………」
「ほんとに曲者が……?」


彼女は困惑した。
アルバムが一冊、わざとらしく主張するように置かれていた。
分厚くはなく、薄めの冊子でしかないのだが。
そもそもさっきまでなかったし、アルバム類はこの家にはもうないはずだった。
葬式の時に自分がひっくり返して、客に届けるための新しいものしなかったから、その時にまとめて処分したり、自分の家に引き取ったりしたものだった。
それをよく覚えている。そんなに古い記憶でもなかった。

「………」

おそるおそると指先を向けた。

あからさまに不可思議なことが起こっていて。
まるでご都合のいい話に巻き込まれた心地だった。
心臓がちょっと高鳴ってるのもわざとらしかった。
開けないでいる方が面白い気がした。
それは裏切りだから。

でもどうせ都合通りになんて全然行かない世界で。
あの時どうしても欲しかったものが。必死に探しても何にも出てこなかったものが。
いまだにずっと欲しがるものが、そこにはある気がした。そこにあらなきゃどこにもなかった。
湾曲して軋む音を鳴らす感情がある。
叔父なら、こんなのも耐えられたんだろうが。
自分はずっとその音の反響を抱えていた。
耳が痛いことこの上ない。

都合通りにいかないことばっかり。
だから妬んでばっかり。

一つくらい、叶えてくれても。


「……………」

「……わは、」

「………あるじゃん、」

「……」

「……葬式の時あんだけ探したのに、今出てくるんだ………」


指先がページを叩く。
求めていたものは、あった。
1番初め。サングラスをつけた、自分が知ってるよりは少し若い頃の叔父がピースしてる写真のようだった。
真顔なんだから、ほんとに。
不器用な人だったんだろう。と、思う。


自分が知っている、と言えるようだった。
まだ、頭の中のアルバムにちゃんと顔は残っていた。
思い出になり得ず、見ることのできない不安定なものはいつか忘れられるものだ。

いつまで覚えてられる?

いつまで思い出せる?

思い出したその顔は本当にその人か?


──だから遺したくなる。
人間は。その後を。
誰かの遺した跡を眺めて、思い起こして。


「………」

彼の人生の軌跡をなぞった。
なんだよ。案外1人じゃないくせ、あんなこと言ってたのか、と。
何かしら抱え込んでいたその人の孤独を想像した。

「……あー、」

ほんとに遅いったらありゃしないんだ。
何もかも手遅れなんだ。あなたは。
私もそうだったけど、子供にそんなこと思わせる方が悪いだろ。
子供の方から踏み込めるはずないと責任転嫁してやろう。


一通り見終わったから、アルバムは役目を終えた。
目を離したら消えてしまうんじゃないかと思って、大事に抱きしめた。
これは家に持って帰ろう。おとーさんとの写真も多数あった。
というかそれが大半だった。ピースしてる写真以降の歳の写真はないようだった。
なら、おとーさんのために持ち帰るのが筋だろうと。
彼女は立ち上がった。スカートのプリーツを少し伸ばした。


自分のためでもあった。
ある島での出会いと、会話と。
ちゃんと人と関わった時のこと。
お守りの薬は、今も服のポケットの中で揺れている。
やっぱり、人は1人でいるのは難しい。
孤独って難しいの、思い知っている。


その感情は間違いじゃなかった。
叔父さんはそれを正せなかったなら。

「…………」

全部私が持っていくよ。
旅することは楽しいことで。
人と話すのも楽しいことだ。
何を感じるのも自由なことで。誰も否定しちゃいけなかった。

それは別に、孤独じゃなくてもできることだって。
これまでとこれからを大切にして。繋ぐ。

「…………」

「最後はやっぱり1人かもしれないけど」
「自分を透明にしちゃダメかもな」

「…その時までに、切り取った一瞬に、意味を見出すために」

「綺麗と、美しいと、素敵を見出せるように」

よしと、家の外に出た。
鍵を閉めて、そのままいつものように立ち去った。
あんまり方針は変わらない。あり方だって変わらない。
ただまあ、その。
通りすがりのあり方は、ちょっとお休みしてみよう。
自分はそうあれない、なんて誰かに妬むこともやめにして。

まあ、今日のところは。
家族の思い出に、浸るとしようか。
寂しさを埋めさせてもらって。
文句を口にするとしよう。

おるゔぉわーる。さようなら。ではなくて。


縁があるから、また、どうぞ。