生前の記録その2『異世界』

ENo.11.宮野森 凛太郎 / 作成:2026/08/24 12:16 / 更新:2026/08/24 12:16
森を抜け、荒地のような場所の中に石造りの古めかしいお城が在った。
門の前には悪魔のような獣のようなそんな生き物が鎮座していた。
それはガーゴイルと呼ばれるモンスターによく似ていた。ゲームとかで見た事が有るやつだ。
薄暗く、じめっとした空気の漂う城内の一室に僕は運ばれ、ベッドへと下ろされる。

「……あの子が手荒な真似をしてすまなかったね」

僕を運んでくれた男性が、申し訳無さそうな様子でそう言った。
その後ろでは、僕を襲った少年が相変わらず不服そうな表情を浮かべながら立っていた。
壁に掛けられた蝋燭の灯りに照らされて、今なら二人の姿がよく見える。
紺色の短髪の男性と、前髪の長い濃い青紫色の髪を持つ少年。
二人共、その瞳の色は燃えるように紅い。

「手当をしよう。少し痛むかもしれないが耐えてくれ」

男性が指をパチンと鳴らすと、部屋の中に先ほど見たガーゴイルのようでいてそれよりも人型をしている赤い生物が二匹ほど入って来た。
僕がその生物を見てきょとんとしている事に気づいたのか男性は彼らが自分の配下の魔物であることを話してくれた。
人語は解さないが、彼の指示には従うらしい。
魔物達が僕の方へと近づくと、その一匹が釘のようなものが刺さった僕の左脚に手を当てる。
その手が赤紫色にほのかに光る。すると、脚の痛みが少し和らいだように感じた。
もう片方が僕の膝下辺りを縄のようなもので縛り上げた。きっと止血をしてくれているんだろう。
それから左足の靴と靴下を脱がされ、釘が引き抜かれ血を拭かれてから赤紫色の光を当てられながら傷口を縫合され傷薬をしみこませたという布を当てられその上から丁寧に包帯を巻かれた。

「君の家はどこかな。送り届けてあげよう」
「家は……」

素直に自分の家の住所を話す。
すると、男性が怪訝そうに眉を顰めた。

「……聞いた事の無い地名だな。それはどこの国だ?」
「日本、ですけど」
「ニホン……知らないな」

男性が自分の顎に手を当て、何やら考え込むような仕草をしている。

「あの、そもそもここはどこなんですか……?僕、気がついたらさっきの森に居て……」
「僕にもそう言っていたね」

後ろで話を聞いていた少年が口を開いた。
彼もまた、僕の話が納得いかないようなそんな表情でこちらを見つめている。

「君、地図は読めるかい?」
「あっ、はい。学校で習ってますから」

すると、さっき僕の怪我を手当てをした魔物――と同一個体なのか見分けは付かなかったけど――が、一枚の古ぼけた紙を持ってくる。
それを男性が受け取ると、僕にその紙を見せた。

「この中に、君の住んでいる国は描かれているか?」
「……え」

地図と思しきその紙に描かれていたのは、僕の知らない地形。
書かれている地名らしき文字も、全く読めないものだった。

「……無い、という事だね?」

頷く。
すると男性は暫し目を伏せ、一呼吸置いてから。

「ちょっといいかな」
「はい?」

彼の手のひらが、僕の顔の前に迫る。
一瞬、目の前が真っ暗になった。
かと思えば、いつの間にか視界は晴れていて。

「……どうやら君は異世界からここへ迷い込んだらしい」
「えっ」

――異世界?
正直、そんな気はしていた。
目の前にいる二人はどう見ても日本人ではないし『魔物』なんていうものが存在している時点で明らかに僕の居た世界ではない。

「君が言っている事が嘘ではない事は解った」

彼が言うに、先程視界が真っ暗になったのは僕に催眠術のようなものをかけていたらしい。
僕が嘘を言っているのではないかと、本当の事を聞き出すために。
でも僕の言葉に嘘はない。
どうしてあの森の中に居たのかも、この世界の事も、何も知らないのだから。

「……どうしてこの世界に来てしまったのかは解らないが、君のような子供を放っておくわけにもいかない」

苦笑を零しながら、彼が話を続ける。

「元の世界へ戻る方法を探してあげよう。脚の怪我の事も有るし、それまで君はこの城に居たまえ」
「なっ……!」

僕が反応するよりも早く、後ろの少年が声を上げた。
信じられない。そんな口調で。

「『人間』をここに置いておくって言うんですか!?」
「今はそうするしか無いだろう。それに――」

――異世界の事に興味が有る。
男性が不敵な笑みを浮かべながらそう呟いた。

「私の名はシュベルグだ。後ろのあの子はソリュード。君の名前は?」
「……凛太郎りんたろうです。皆からは『リン』って呼ばれてます」
「そうか、リン。君の事は私が責任を持って面倒を見る」

食事を用意するし、眠るのにこの部屋を使っていい。
そんな話も僕に聞かせながら男性――シュベルグさんが微笑んだ。
後ろのソリュードくんからは不機嫌そうな顔で睨まれた後、そっぽを向かれたけれど。

こうして異世界での、僕と彼らの奇妙な共同生活が始まった。