生前の記録その3『共同生活』
城での生活が始まると、僕はシュベルグさんから色々なことを教えられた。
彼らは『魔族』であり、その中でも吸血鬼の血を引く高貴な一族であること。
シュベルグさんはその一族の長であること。ソリュードくんは彼の甥であること。
僕にはシュベルグさんは20代の男性、ソリュードくんは僕と同じくらいの少年に見えたけれど。
実際の年齢はそれ以上らしい。不老不死ではないが長命種で種族柄、肉体の成長が遅いらしい。
この城は『魔界』と呼ばれる独立した空間に存在していて出入り口を人間界の森――僕がソリュード君が出会った場所の奥にわざと繋げているという。
本来ならば人間が訪れる事は無いのだが偶然迷い込んでしまう事も有るらしく、そういう人が現れる度にシュベルグさんは元の森へ案内し、相手の記憶を消した上で人間界に送り返しているようだ。
僕の事も、異世界人でなければ同じように記憶を消した上で家に送り届けるつもりだったらしい。
魔族と人間はかつて敵対関係に有ったそうだが、シュベルグさんの意向により今は人間界への不可侵を一族の皆と取り決め棲み分けをしているのだとか。
それでもシュベルグさんは人間と人里の文化に興味が有るとか。
だから、時々人間のふりをして人里に出向いたりしているらしい。
毎朝、人里で発行される新聞も使い魔に取り寄せさせ読んだりもしていた。
そして彼らと一緒に暮らす上で約束させられた事が有る。
一つ目は城の中は自由に移動していいが一人で外には出てはいけないこと。
外には魔物が沢山居る。不可侵を取り付けたとはいえ捕食者と獲物の関係は変わっていない。
人間の僕を見たら何をしでかすかわからないから、との事だった。
二つ目は夜に用を足しに行くのは構わないが城内の探索は避けること。
夜はソリュードくんの気が立っているらしい。
だから、夜はなるべく彼に会わないようにと言われた。
それから、僕の元には翼の生えた小さな青い鬼のような使い魔を傍に置かれた。
インプという魔物の一種らしい。
これは僕の身に危険が迫ったり、何か有った時の助けになるようにとの話だったけど。
実際は僕のことを監視する目的も有ったのかもしれない。
脚の怪我が有るからと木製の松葉杖も与えられた。
歩こうとすると左脚に痛みが走るから治るまでは暫く松葉杖での歩行を強いられた。
城での食事は豪華なものだった。
魔族と言っても今は人間と食べるものは変わりないらしい。
牛肉のステーキや、パンや野菜など。
僕の世界の食べ物と同じような料理が朝昼晩に出された。
おかげで食には困らなかった。
約束事二つ目の、何故夜にソリュードくんに会ってはいけないのか。
その理由がわかったのはこの生活が始まって三日目くらいの事だった。
寝入るつもりがもよおしてしまい、使い魔の子を連れてお手洗いに行った帰りだ。
廊下の曲がり角を曲がろうとした時。
目に留まってしまった。こちらへ向かってくるソリュードくんの姿が。
慌てて壁に身を潜める。それでも、とうに僕の存在はバレていたようで。
「……そこに居るのはわかっているよ」
声をかけられた。
壁の端から、ひっそりと様子をうかがう。
彼の肌も衣服も血に塗れていて、その体からは血なまぐさい臭いを漂わせている。
「警戒しなくていいよ。猛獣でも腹が満たされていれば他の動物をわざわざ襲ったりはしない」
彼は吸血鬼の一族だ。
今の姿から彼が一体何をしてきたのか。なんとなくわかってしまった。
それに、初めて出会った時に僕の事を襲ってきた理由も。
「……けれど、テリトリーを侵された場合はどうだろうね。僕の気が変わる前に早く部屋に戻った方がいい」
彼の口が不気味に弧を描く。
背筋がゾクリとして、僕は片足を引きずりながら慌てて自分の部屋へと帰ってその日は眠りについた。
……ソリュードくんの事を思うと、寝つきは良くなかったけど。
その翌日、僕はシュベルグさんにソリュードくんの事を訊ねることにした。
彼は人里から貰ってきた新聞を読んでいる真っ最中だった。
読んでいた新聞を畳んで机に置き、シュベルグさんは僕に詳しく語ってくれた。
ソリュードくんは夜な夜な人里近郊へと向かい、人間を襲っているらしい。
それは吸血鬼だからなのか?
でも、人間界への不可侵を取り付けているのではなかったのか?
僕の質問にも彼は答えてくれた。
確かに自分達は吸血鬼だけれど、血液は平和的に入手するルートを確保しているため人間を襲う必要は無い。
けれどソリュードくんが人間を襲い続けているのには彼の出自に問題が有った。
ソリュードくんは、吸血鬼と人間のハーフ。いわゆるダンピールというやつだ。
それゆえに、一族の皆から『混ざり者』として迫害されているという。
確かに彼らと暮らしている中で他の魔族の人々がシュベルグさんを訪ねてきたのを何度か目にする事になったけど。
その度にソリュードくんは自室にこもり、出てくる事は無かった。
母親である人間はソリュードくんを産むと同時に亡くなり、吸血鬼である父親は一族からの冷たい視線に耐えかねたのか彼が幼い頃に自害をしてしまったらしい。
その事を不憫に思ったシュベルグさんが彼を引き取り、代わりに育ててきたそうだ。
それに対し一族の猛反発が有ったらしいけど、シュベルグさんは自分の権力と力を持ってしてその反発を押し切った。
それでも一族からソリュードくんに向けられる視線は冷たかった。
だからソリュードくんは自分の出自を恥じている。人間との混血であるという事実を。
シュベルグさん曰く。
彼が人間を襲い続けるのは『自分は人間ではない』という証が欲しいのではないか、という話だ。
捕食者側として振る舞う事で自分も一族の仲間だという事を証明し、人外であるという実感をしたい。
だから、彼は人間の首筋に噛みつくという典型的な手段で血を吸うのではなく猟奇的な手段で人間を殺している。
「止めないんですか?」
「……私だって本当はあの子にこんな真似はして欲しくない。けれども」
シュベルグさんが視線を落とす。
どこか、手の届かない遥か遠い場所を見つめているような。
そんな虚しさを感じる目で。
「あの子は私の弟のような存在だ。人を殺す事であの子の心が安らぐというのなら多少の犠牲には目を瞑る。……他人の生よりも身内を贔屓する事を許して欲しい」
彼を憐れに思うからこそその行動を見逃している。そういう事だった。
毎朝、シュベルグさんが新聞を読んでいるのはソリュードくんの犯した殺人が人里でどう報道されているか確認するためでもあったらしい。
大事件にならないように街から離れた場所で主に浮浪者を襲うよう言いつけてあるから今のところ大々的に報じられていることはない、とも。
それを聞いて僕はソリュードくんの事をもっと知りたいと思った。
彼に同情したというのも有るし、人殺しをできることならやめさせたい。
それにソリュードくんには心を開ける仲間が居ないようにも感じた。
育ての親のシュベルグさんに対しても、態度がどこかよそよそしい。
だから、僕はソリュードくんとまずは仲良くなろうと動き出した。
その行動の先に何が待っているのか、知らずに。
彼らは『魔族』であり、その中でも吸血鬼の血を引く高貴な一族であること。
シュベルグさんはその一族の長であること。ソリュードくんは彼の甥であること。
僕にはシュベルグさんは20代の男性、ソリュードくんは僕と同じくらいの少年に見えたけれど。
実際の年齢はそれ以上らしい。不老不死ではないが長命種で種族柄、肉体の成長が遅いらしい。
この城は『魔界』と呼ばれる独立した空間に存在していて出入り口を人間界の森――僕がソリュード君が出会った場所の奥にわざと繋げているという。
本来ならば人間が訪れる事は無いのだが偶然迷い込んでしまう事も有るらしく、そういう人が現れる度にシュベルグさんは元の森へ案内し、相手の記憶を消した上で人間界に送り返しているようだ。
僕の事も、異世界人でなければ同じように記憶を消した上で家に送り届けるつもりだったらしい。
魔族と人間はかつて敵対関係に有ったそうだが、シュベルグさんの意向により今は人間界への不可侵を一族の皆と取り決め棲み分けをしているのだとか。
それでもシュベルグさんは人間と人里の文化に興味が有るとか。
だから、時々人間のふりをして人里に出向いたりしているらしい。
毎朝、人里で発行される新聞も使い魔に取り寄せさせ読んだりもしていた。
そして彼らと一緒に暮らす上で約束させられた事が有る。
一つ目は城の中は自由に移動していいが一人で外には出てはいけないこと。
外には魔物が沢山居る。不可侵を取り付けたとはいえ捕食者と獲物の関係は変わっていない。
人間の僕を見たら何をしでかすかわからないから、との事だった。
二つ目は夜に用を足しに行くのは構わないが城内の探索は避けること。
夜はソリュードくんの気が立っているらしい。
だから、夜はなるべく彼に会わないようにと言われた。
それから、僕の元には翼の生えた小さな青い鬼のような使い魔を傍に置かれた。
インプという魔物の一種らしい。
これは僕の身に危険が迫ったり、何か有った時の助けになるようにとの話だったけど。
実際は僕のことを監視する目的も有ったのかもしれない。
脚の怪我が有るからと木製の松葉杖も与えられた。
歩こうとすると左脚に痛みが走るから治るまでは暫く松葉杖での歩行を強いられた。
城での食事は豪華なものだった。
魔族と言っても今は人間と食べるものは変わりないらしい。
牛肉のステーキや、パンや野菜など。
僕の世界の食べ物と同じような料理が朝昼晩に出された。
おかげで食には困らなかった。
約束事二つ目の、何故夜にソリュードくんに会ってはいけないのか。
その理由がわかったのはこの生活が始まって三日目くらいの事だった。
寝入るつもりがもよおしてしまい、使い魔の子を連れてお手洗いに行った帰りだ。
廊下の曲がり角を曲がろうとした時。
目に留まってしまった。こちらへ向かってくるソリュードくんの姿が。
慌てて壁に身を潜める。それでも、とうに僕の存在はバレていたようで。
「……そこに居るのはわかっているよ」
声をかけられた。
壁の端から、ひっそりと様子をうかがう。
彼の肌も衣服も血に塗れていて、その体からは血なまぐさい臭いを漂わせている。
「警戒しなくていいよ。猛獣でも腹が満たされていれば他の動物をわざわざ襲ったりはしない」
彼は吸血鬼の一族だ。
今の姿から彼が一体何をしてきたのか。なんとなくわかってしまった。
それに、初めて出会った時に僕の事を襲ってきた理由も。
「……けれど、テリトリーを侵された場合はどうだろうね。僕の気が変わる前に早く部屋に戻った方がいい」
彼の口が不気味に弧を描く。
背筋がゾクリとして、僕は片足を引きずりながら慌てて自分の部屋へと帰ってその日は眠りについた。
……ソリュードくんの事を思うと、寝つきは良くなかったけど。
その翌日、僕はシュベルグさんにソリュードくんの事を訊ねることにした。
彼は人里から貰ってきた新聞を読んでいる真っ最中だった。
読んでいた新聞を畳んで机に置き、シュベルグさんは僕に詳しく語ってくれた。
ソリュードくんは夜な夜な人里近郊へと向かい、人間を襲っているらしい。
それは吸血鬼だからなのか?
でも、人間界への不可侵を取り付けているのではなかったのか?
僕の質問にも彼は答えてくれた。
確かに自分達は吸血鬼だけれど、血液は平和的に入手するルートを確保しているため人間を襲う必要は無い。
けれどソリュードくんが人間を襲い続けているのには彼の出自に問題が有った。
ソリュードくんは、吸血鬼と人間のハーフ。いわゆるダンピールというやつだ。
それゆえに、一族の皆から『混ざり者』として迫害されているという。
確かに彼らと暮らしている中で他の魔族の人々がシュベルグさんを訪ねてきたのを何度か目にする事になったけど。
その度にソリュードくんは自室にこもり、出てくる事は無かった。
母親である人間はソリュードくんを産むと同時に亡くなり、吸血鬼である父親は一族からの冷たい視線に耐えかねたのか彼が幼い頃に自害をしてしまったらしい。
その事を不憫に思ったシュベルグさんが彼を引き取り、代わりに育ててきたそうだ。
それに対し一族の猛反発が有ったらしいけど、シュベルグさんは自分の権力と力を持ってしてその反発を押し切った。
それでも一族からソリュードくんに向けられる視線は冷たかった。
だからソリュードくんは自分の出自を恥じている。人間との混血であるという事実を。
シュベルグさん曰く。
彼が人間を襲い続けるのは『自分は人間ではない』という証が欲しいのではないか、という話だ。
捕食者側として振る舞う事で自分も一族の仲間だという事を証明し、人外であるという実感をしたい。
だから、彼は人間の首筋に噛みつくという典型的な手段で血を吸うのではなく猟奇的な手段で人間を殺している。
「止めないんですか?」
「……私だって本当はあの子にこんな真似はして欲しくない。けれども」
シュベルグさんが視線を落とす。
どこか、手の届かない遥か遠い場所を見つめているような。
そんな虚しさを感じる目で。
「あの子は私の弟のような存在だ。人を殺す事であの子の心が安らぐというのなら多少の犠牲には目を瞑る。……他人の生よりも身内を贔屓する事を許して欲しい」
彼を憐れに思うからこそその行動を見逃している。そういう事だった。
毎朝、シュベルグさんが新聞を読んでいるのはソリュードくんの犯した殺人が人里でどう報道されているか確認するためでもあったらしい。
大事件にならないように街から離れた場所で主に浮浪者を襲うよう言いつけてあるから今のところ大々的に報じられていることはない、とも。
それを聞いて僕はソリュードくんの事をもっと知りたいと思った。
彼に同情したというのも有るし、人殺しをできることならやめさせたい。
それにソリュードくんには心を開ける仲間が居ないようにも感じた。
育ての親のシュベルグさんに対しても、態度がどこかよそよそしい。
だから、僕はソリュードくんとまずは仲良くなろうと動き出した。
その行動の先に何が待っているのか、知らずに。